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言葉をあたためておけない冷え症

天候に気持ちが左右されやすいことは重々承知だ。

かつては厳しい冬の寒さに何度も機嫌を悪くした。

高2の頃なにかの面談で先生に言われた

「ありすさんは1度ここを出たほうがいいんじゃない?

 環境を変えて生活してみたらどうだい」

感情の起伏なんてなくなればいいのにと思いながら

過ごした制服時代はきっともっと過ごしやすい

ところをどこかで求めていたはずなのに

特に大きな抵抗もせずなぜか新潟に留まってる。

 

さすがに周りの友人が高校卒業を機に

ほうぼうへ散ってしまったときは

ここに留まることへの使命感さえ感じだした。

でも何をすればいいのか当時よくわからなかった。

 

今も多くを知れたわけではないけれど

縁あって最近は色々な人と話す機会を頂く。

新潟にはおもしろい人が沢山いる。

 

小学生の頃は授業中に隣の子につい

ちょっかいをかけてしまうような子供だった。

お喋りが過ぎないように反省することを覚えた。

制服時代でも沈黙を覚えるうちに

大事なことも言えないような人になってしまった。

部活で伝えることの楽しさと難しさを学んだ高校時代。

大切なことは言葉にしないと伝わらないんだと

唇をかみしめて実感したのは去年の今頃だったかな。

 

熟考はひとりいかなる場所でも出来ることだから尊い。

でも個人の頭の中をぶつけ合える、人との会話をする場所には

そこでしかお目にかかれない「場の力」がある。

 

ときどき「場の力」に置いていかれそうになる。

そこに存在しながらも熟考を始めてしまうときがそう。

思いと言葉を温めて、こだわって形にしようとすると時間がかかる。

言葉をファストフードのように早く提供することは難しい。

だから多少未熟でも形にしてぶつけてしまう。

 

そんな最近の私は言葉をあたためておけない冷え症のようだ。

ちょうど寒くなってきたから思いついた。

 

あたためて、かつ「場の力」に貢献するべく

もっと早く言葉に出来るようにするには…?

謎の使命感の行き先を考え続けることと共に

これからの課題になりそうだ。

 

ちなみにどんなに寒い日でも首や足首を温めると

ほかほかとしてくる仕組みはヒントにならないだろうか。