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「きらめく一文」を読む

久しぶりに土屋さんのブログ記事を引用させて頂き、今回のはじまりとさせて頂く。

 

自己啓発書に興味がなくなった理由 - 土屋裕行.com

 

記事によると土屋さんは「アウトプットが変化する(=読むことで生活に何らかの変化をもたらす)」ことを目的として自己啓発本を読んでいた。しかし最近、「真新しさがない、先の内容が見えてきてしまうようになった」ということで自己啓発本への興味が薄れてしまったそうだ。

 

私も同じ経験をしたことがあったため、思わず「記事を書く」ボタンを押していた。

 

昨年の今頃、私は受験生だった。現在私は大学で音楽を学んでいて、入学試験に求められることは実技であった。そのため、知識よりも確かな状態で試験日を迎えることと、その状態を支える精神力を育む必要があった。

 

試験日の演奏を確かなものにするためにじゅうぶんな練習は欠かせないけれど、机に向かってセンター試験対策をしていた頃よりも手や体全体が疲れやすかった。そこで私は実技対策のために通っていた教室と自宅の往復の合間に図書館に寄り、しばしば本を読んでいた。

 

小説に没頭し時間を忘れてしまったら、練習が出来なくなり本末転倒だと考えた。そこで短い時間で気軽に読めるものが自己啓発本だった。

 

タイトルに惹かれたら手に取り、席に着いて読む。土屋さんが述べていた通り、何冊か読んでいるうちにだいたいどの本にも似たようなことが書いてあることに気付き(朝の時間は大切だ、など)、先の内容が読めてきてしまってどんどん読むペースが速くなっていった。

 

ウィンドウショッピングをする際も歩いて通り過ぎる店は多いけれど、ときたま素敵なマネキンを見かけると足を止める。だからウィンドウショッピングはやめられない。これと同じように内容が見えてきやすい自己啓発本こそ、私の場合は「きらめく一文」を見つけるのにうってつけだった。それは内容は他の本と同じだけれど、なんだか新鮮味をくれるような書き方だったり、明日から実践してみたくなるような書き方だったりする。

 

土屋さんは最近、小説をよく読んでいるそうだ。

(やっと)3冊目、きみはポラリス - 謎の国のありす

私もこの記事でこう述べていた。

 

集中力を活躍させたい場では感情に振り回されるといけない。

いかに何も気にしないか、優先度を比較して

焦点を当てたい場所を絞り込むか。

そういうことを繰り返していると

心が空っぽになったかっぱの頭の皿のようになる。

何だか自らが対処できるだけの領域をただ

ぐるぐると見回りしているような気分になる。

 

心の面白いところはそれでも干上がった皿そのものではなく

スポンジみたいに結局は何か動かされるものを求めて

器を広げて待っているというところである。

 

対処できない領域と言えば知らないこと、例えば人の気持ち。

 

まとめてみると「人の気持ちを知りたいから」、こういう理由で昨年の秋から小説を読んでいる。(この記事では三浦しをんの短編恋愛小説集、「きみはポラリス」を紹介している)

 

誰かと友達になるよりもずっと、恋に落ちる機会のほうが少ない。そして心の動きやそれが人にどんな影響を与えていくのか、どう繊細に表現していくのか…先の見えないことが連続する世界だから興味がわいてくる…だから私は恋愛小説を好んで読むのかもしれない。

 

昨日は久しぶりに小説を購入した。 そしていつものとおり文字を追いかける目、ページを追う指が止まらずすぐに読み終えてしまった。

 

ぼくの嘘 (角川文庫)

ぼくの嘘 (角川文庫)

 

 

主人公は愛すべきオタク男子。彼と共に物語をすすめていく女の子の「自分を解剖してしまう癖」にはとても共感できた。さらりとして読みやすい文章が並ぶけれど、ただ高校生の時代が懐かしいなでは終わらない物語であった。

 

わたしの恋人 (角川文庫)

わたしの恋人 (角川文庫)

 

 

こちらの続きになっているようなので、こちらから先に読んでみてほしい。

 

年末の記事で紹介した「吉野北高校図書委員会」シリーズと同じく、表紙のイラストを描いているのは今日マチ子さん。

 


今日マチ子のセンネン画報

 

私がこちらの本を手に取ったのも、今日マチ子さんの抒情的なイラストに心惹かれたからだ。 

 

話は戻るけれど、私は自己啓発本と同じように小説にも、ストーリーの経過の楽しさの他に、まるで宝さがしをするように「きらめく一文」を求めている。そして小説の「きらめく一文」は、自己啓発本のようにこれからの行動を私に求めてはこない。あくまで世界を広げてくれる、見守ってくれるような存在だ。その心地よさが、私が小説を読む理由のひとつになっているのかもしれない。