読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

映画を観てるとさみしくなるのはなぜ?

原作を読んで映画化を知り、心待ちにしている『イニシエーション・ラブ』の公開が週末にせまった。原作を読み直しておきたいなと思いつつYoutubeで予告を検索して眺めてみると、関連動画に出てくるのは『ビリギャル』。なんだかとっても観たくなってしまった。なんだか最近は雨が降り出す前の空のような気分だったみたいだ。

今日は大学の授業が午前に1コマあるだけだった。なんとなくSNSサイトを開いて画面をスクロールさせていると、はあちゅうさんがビリギャルを観てきたことを書いていた。ぼうっとしているときの刺激にはなんだか反応したくなる。

原作が書店に並んだのは高3も終わる頃。今これ読んでももう遅いよ、と思いながらもぱらぱらと立ち読みしたものだった。

映画はとても面白かった。体育祭の代休なのか、シアターは高校生ばっかりだった。私が高校生だったらどんな気持ちでこの映画を観ていたんだろう。言葉の力に影響を受けやすい私は、この物語があと数年早く世に出て映画化されて、高校生の頃に観ていたら今と違う生活を選んでいたのだろうか?

映画を観たあとにはあちゅうさんのブログ記事を読み、感想に共感する部分が多かったのでリンクさせて頂く。

この原作を手に取ったり映画を観る人は受験以外にも、いろいろなことにぶつかってる人がいるだろう。当時はぼんやりと過ごしていたけれどこうして客観的に受験を捉えてみる機会って新鮮だった。

夢や目標をかなえるための道筋を案内してくれるツール(学校や塾、教材、ノウハウを語った本や情報誌、オープンキャンパスなど)がたくさんあるって、受験の特徴だと思った。(ここではとくに大学受験の)そして最後まで何があるかわからない、ということも。

「プレッシャーを感じるのは、受かる自信があるから」という言葉にははっとさせられた。最近こんな経験、してたっけ?

物語を追いかけていると、特に映画を観ていると、いつもどこかさみしくなる。それはきっと主人公に自分との共通点を探し出して重ね合わせてるからなんだと思う。しかもその共通点って、だいたいが悪いところだ。物語が進めば主人公は成長していく。そんなとき私はそれを喜びながら置いてけぼりをくらった気持ちになるのだ。

有村架純さん演じるさやかの屈託ない笑顔を観ていると自然と笑顔になれる。映画館を出て空を見てみると雨が降り出す前の色をしていたけれど、『ビリギャル』でなんだか元気をもらった。いつもみたいにほんのりさみしさを残していくのは仕方ないね。