「世界から猫が消えたなら」

読みかけの本をカバンに入れて書店に寄る。
もうすぐ読み終わるから、次に読む1冊を探しにきた。

何度も来ている書店だからどこになんの本が置いてあるかがわかってる。だから新しい本が並べばそれもすぐにわかるようになった。1週間前に私が立ち止まった場所に誰かが立っていて、まさに私が1週間前にレジに持って行った1冊をその誰かが手にしていた。

川村元気著「世界から猫が消えたなら」

郵便配達員として働き、猫とふたり暮らしをしている30歳の主人公。彼はある日突然脳腫瘍であり、余命もあと少しであるということを医者に告げられる。絶望的な気持ちで帰宅するとそこには自分そっくりの男の姿をした悪魔が待っていた。彼は悪魔と「この世界から何かを消し、その代わりに1日だけ命を得る」という奇妙な取引をする。
電話、映画、時計…彼の命と引き換えに世界からものが消える。彼と、猫と、陽気な悪魔の七日間がはじまった。

相変わらずあらすじがうまく書けないので、文庫本の裏表紙を参考にした。

何かを得るためには、何かを失わなくてはならない。
主人公の母がいったこと。

電話も映画も時計も、いつの間にかなくしてしまって気付かないみたいに世界から消えていった。携帯電話がない世界で、人々は電車の中でいままでより幸せそうな顔をしているように見えた。時計はときに時刻を与えることで人間をしばっていた。主人公の父の仕事は時計屋だった。

死の淵に立たされた主人公にとって映画は「あってもなくてもよいもの」だった。音楽だってめずらしい料理だってみんなそうで、世の中はそれがなくても生きていけるものだらけだ。それでも人々は日々それらを欲し、楽しんで生きていく。

もし世界から、いつも当たり前の顔をして存在していたものが消えたなら…あなたは何に気づくだろう。死の淵に立ったら「死ぬまでにしたいこと」にあなたは何を挙げるだろう。
いつの間にか、父にそっくりになっていた。顔も、姿勢も、仕草も、あれだけ嫌いだった父にそっくりになっていた。
主人公と父は仲が悪かった。

先日観ていたドラマ「エンジェル・ハート」で、「鏡を見ていると親にどんどん似てくるのがわかってうんざりするわ。でもそれって、親が私を見守ってくれてるということなんじゃないかしら」なんてセリフがあった気がした。

「もし」が詰まったこの物語は、忘れかけていたあたたかさを気付かせてくれる。

「お前の代わりなんていくらでもいる」「お前がいなくても仕事は回る、誰も困らない」…こんな声が聞こえてきそうな世の中だけれど、本当はきっとそうじゃない。


書店でこの本を手にした誰かは結局また元の場所に戻し別の本を買っていったようだ。ぜひ、あの人にも読んでもらいたかった。

いっきに冷え込んだ今日、ぬくもりを忘れないでと言わんばかりに心に染み渡る1冊だった。