方向性はっきりしない羽毛

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翼をかりて 鳥になれたら
あなたのもとへ 飛んでゆきたい

という歌詞があった。
相川七瀬さんの、「鳥になれたら」だ。

けさ駅前を歩いていると、一羽のハトが方向性はっきりしなく飛んできた。なんとなくハトをよけて歩いていたら、バスを待つ行列にぶつかってしまった。この子はねぼけているのだろうかという顔をされる。あのハトにとっての「あなた」は誰だったか。パンくずでも落ちていたのかな。

もう少し歩みを進めると、今度は鳥の羽(カラスのような大きなものではなく、ダウンコートの中身みたいなもの)がひとひらひらひらと落ちてくる。こちらも方向性はっきりしない。

「落ち葉をキャッチできたら願いがかなう」と、小学生のときに読んだおまじないの本に書いてあったのを覚えている。あれからいつも紅葉樹の下を通るたびに試してみるけれどなかなかうまくいかない。キャッチしようとすると、手に風がうまれて落ち葉を逃してしまうのだ。おまじないのことを忘れてしまっているときに限って頭の上にひらりと落ち葉が落ちたりするのだ。

落ちてくる鳥の羽はあまりキャッチしたいと思わないので、これもよけて歩いていたけれどあれも最後までどこに落ちつくのかわからないものだ。

あるタカラジェンヌが雑誌のインタビューで、「運をつかむ準備をする」と話していた。運がよくても、それをつかむだけの力がなければ。逆にいうと自分はいつ運が向いてきてもいいように、運をつかめるだけの土台を作るべく準備をしているのだという。「あれだけすごい人なのに、努力をしている」という人を尊敬しているそうだ。

チャンスの神様には前髪しかない、という言葉がある。ためらってはいけないということ。彼女はその言葉を自分なりに解釈してそのインタビューに答えるときの言葉にしたのかもしれない。

ハトはどこにとまるかわからないし、羽はどこにひらりと着地するのかもわからない。「これでなければいけない」ということもない。

軸は据えつつ、
あくまで寛容に自由でいられたらいい。

(写真は私の"心のふるさと"オックスフォードにて、クライストチャーチに向かう細道にて。 そろそろ年末だから、ことしのうちに夏のアルバムも作らなくちゃ。)