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空想すること

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うそをつきたくはないけれど、
想像と現実が近ければなあと
思うことはあった。

小学校のときに、
修学旅行で佐渡に行った。
そりゃ修学旅行なので、
金山や佐渡おけさなんかを堪能して
(夜中に友達とおやつを食べたり)
フェリーに乗る前にトキも見た。

施設のフェンスの向こう側で
ちょっと窮屈そうなトキがいた。
その頃はまだ放鳥する前だった。

修学旅行から帰ると図工の授業は
文化祭に飾るための絵を描く時間になる。
棒にとまって羽を休める姿や
羽を広げたトキの姿がかわいくて
絵の題材はトキに決めた。

私はちょっと想像して、
トキがいつかまたふつうに空を
飛んでくれたらどんなに素敵だろうと思い、
それを書きたくなったのだ。
放鳥の計画もまだ知らない頃だったから。

フェンスが確かに視界を遮っていた。
フェンスに近づきすぎれば
フェンスが見えなくなるからくりを使って、
さらに向こう側のフェンスも
見えないようにするために
とても下から見ているアングルにした。
こうすればトキがなんの障害物もなく
大空を飛んでいるように見えるから。

トキ単体の姿は下描きで何度か練習したから
画用紙にさっそく構図を書き始めていると、
「ちゃんと現実的に見たものを書かなくちゃ」
と言う声が上から降ってくる。
先生に注意されてしまったのだ。

「フェンスを書かないと現実的じゃないから」
私の説明も無力で構図はやり直しになった。
そんなことがあり小学校最後の文化祭の絵には
あんまり愛情を持てなかった。
10年近く前のこんなことを覚えているのも
たしかに傷ついたからだ。

想像と現実とか、理想と現実を
近づけるのはいけないことだったのだろうか。

子どものころに読んだ絵本の主人公は
みんな空想が好きだった。
空想好きだから夜眠るのが怖くなったり
お母さんやお父さんを困らせたりしていた。

子どもは空想をするものだと思ったし、
私もきっと楽しいのだろうと思ったけれど
実際に私が絵本の主人公くらいの年齢のころは
世の中について知っていることが少なすぎて
楽しみ尽くせなかった思い出がある。

トキの絵のこともそうだったし
少しずつ年齢を重ねてきて学んできた
ことを材料にして空想したからって
役立たないこともたくさんあった。

夢を持て、と言われたり
夢なんか見てるんじゃない、と言われたり…
ひとつひとつに応じるのは難しい。

それでも、中途半端でも
20年生きてきて今まで学んだこととか
知っていることをいろいろと
組み合わせて空想をするのが
面白くなってきたかもしれない。