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ふたたびの『アマデウス』

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今年度の「午前十時の映画祭」上映作品がラインナップされてから、ずっと楽しみにしていた『アマデウス』。「午前十時の映画祭」は不朽の名作を扱っているから、いつもは古き良き作品を初めて観るのはスクリーンで!という楽しみ方をしてきた。けれど、『アマデウス』は違う。2回目の鑑賞になった。

映画が上映されたころ、私は幼稚園に通っていた。たしかDVDが発売され、レンタルが開始された頃に借りてきて、家族で観たのだった。

幼かった私に残った『アマデウス』の記憶は……「端正な音楽を世に出す性格にそぐわぬモーツァルトのちょっとお下品な感じ」「オープニングで流れる曲(交響曲第25番第一楽章だが、当時私はレクイエムだと勘違いしていた)」「手を交差してピアノを弾くモーツァルト」「サリエリのおどろおどろしい顔」くらいだった。でも、きっとこれは名作なんだなというのはどこかで聞きかじっていて私もそう思っていた。


あの時と同じように、映画のはじめに〈交響曲第25番第一楽章〉が流れる。暗い道を馬が走る。そうそう、こんな感じだったなぁ。

甲高い声で笑うモーツァルト。冗談を飛ばし、下品で天才なこの人と同じ時代に生きてしまい、名声をうまく世の中に放てないサリエリ。「神はあんなやつに味方するのか」と神をも呪い、モーツァルトへの羨ましい気持ちも憎しみが混ざりだす。

幼かった私は才能のことや嫉妬をする気持ち、音楽で生きていくことの難しさなどを知らなかったから、とりあえずモーツァルトがおちゃめな人だったんだな~という印象が残っていた。「午前十時の映画祭」に来るまでにレビューなどで「モーツァルトへのイメージが崩れました」という感想を見かけた。私も今日はじめての鑑賞だったらきっとそう思っていただろう。

この物語の主人公はヴォルフガング・アマデウスモーツァルトではなくて、サリエリだ。サリエリはウィーンの宮廷作曲家だった。

36歳になる少し前、というあまりに短い生涯だったモーツァルト。「凡庸な人」であったサリエリモーツァルトの死後、「私がモーツァルトを殺したんだ」とうめく。このうめきから、サリエリの物語が紐解かれてゆくのだった。

お金は持っていて、長生きをしたけれど思うようにいかず、嫉妬や憎しみの気持ちにまみれたサリエリ。いっぽうで、借金だらけで短命だったけれど、自分の作品に誇りを持って才能を歴史に残したモーツァルトサリエリは神に呪いをかけてモーツァルトを消し去りたかったけれど、モーツァルトのコンサートを逃さず通いつめる姿を見ていると「モーツァルトが気になって仕方ないんだな、本当は大好きだったんだろうな」と思う。

この2人の生きた時代が異なっていたら…2人ともが現代に生きていたら…モーツァルトの晩年の境遇にのせられて作品の中に響くオペラ『魔笛』はあんなにさびしいものだったっけ。

「きっとこの歌に極上の曲をつけて差し上げますよ」揚々と作曲をこなした時代の作品、酒と薬に溺れながら歯を食いしばって書いていた晩年の作品。映画を再び観てからはどんなふうに響いてくるだろうか。

3時間とかなり長い作品だけれど、モーツァルトやクラシックの曲をよく知らない人もきっと楽しめる作品だと思う。