うちは焼肉屋さん
壁一面にネオンがかがやく。
ネオンといってもひと昔前な感じの、私の好きな感じの、文字のかたちに細く色のついた発行する線が引っ張ってあるああいうタイプのだ。
そうそう、ちょうどこんな。
その壁にはスナックの名前らしきものがたくさん書いてある。「ゆうこ」とか、「かえで」みたいなママの名前が花や星なんかの装飾に囲まれて(それもネオンの素材)、画一的にひしめき合う。スナックの看板ってビルの角から白いプラスチックの板が「にゅっ」と突き出しているから、その壁はあんまりスナックらしくないでしょ。
その壁をもつ家の1階に私たち一家は住んでいる。高架な線路のすぐ近くだ。ネオンだらけの看板は、線路を向いている。夜になって電車から見たらきれいな壁の景色なんだろうなと予想する。なぜか、いつも見るのを忘れてしまうのだ。
私の家は焼肉屋さんをやっている。
食べ放題のメニューはないけれど、バースデープレートもやるしホールのケーキだって用意する。ケーキは母が作る。その日の予約と、出そうなケーキの数を予測して用意する。
今日はどういうわけか、ケーキがひとつも出なかった。まあ、2個しか仕込んでいなかったのだけれど、ホールのケーキを用意してと頼んできたお客さまが来なかったのだ。取っとくと悪くなるので反射的にケーキをゴミ箱に捨てたけど、なんか母にごめんって思った。
私は夕方から出かける用事があった。まだ壁のネオンが光ださない微妙な時間だった。
引き戸をあけて外に出るとき、ちらっと少し昔の残像が目に浮かんだ。
新潟だった。生まれ育った家に住んでいた。ひどい風と雨で、近所の小学校の入り口を照らす明かりもすっかりつかなくなっていた。2階の教務室の窓ガラスは悪天候の影響で割れていた。ビニールシートで覆った壁もなんだか頼りなかった。とてもすめなくなったのだ。
そう、この焼肉屋さんの家は東京にある。あんまりきれいな、洗練されたところではないと思う。駅ビルだってそんなに新しくない。上の階に子ども向けのゲーセンと、さびれた映画館と、ダイソーがあった。私はそこに用事があった。
残像が終わって、引き戸から外に出ると、大学の友達が店先で肉を焼いていた。お祭りの屋台みたいなちょっとした感じで、小さい入れ物に1人前ずつの野菜などのもやしと豚肉が冷やしておいてあった。1人前は300円だった。「帰ってきたら買うから待っててね」と言い残して駅に行こうとしたら、自分が持ってきたカバンの中身が急に気になった。
私は荷物を重くしがちなので(主に本で)、持っていた谷川俊太郎の詩集を肉を焼いている友達に託した。「ごめん!また本を入れ過ぎたよ」
駅ビルの上の階でおじと待ち合わせをした。今日はショーのイベントをやるらしい。私はそれを手伝うのだった。なんのショーだか把握してなかった。それなのに本番近づいてきて、私は不安と緊張で突然「暑い」と感じた。
そこはただの生まれ育った家にあるベッドの上で、私は布団にくるまれて少し汗をかいていた。目を開けると今まで私が見ていたものは全部、夢だったことに気付いた。
友達が焼いていた豚肉が美味しそうで、少しお腹が空いていることにも気付いた。