いのちを見つめる読書
師走のはじめ、祖父を亡くした。
入院していた病院に駆け付けた父からの不在着信とメッセージが届いたとき、私はスマホを見ることが出来ない場所にいた。90分後、スマホのある部屋に戻って来てやっと情報を受けとった。あっという間のことだった。
祖父はとても無口な人だった。
一緒に住んでいたのに会話を弾ませたことは少なかったけれど、私が小学生だったときに音読の宿題を聞いてくれたり、まだ祖父が背広を着ていたときは「じいちゃんがんばるからな」と私の頭に手を置いてくれたりした。火葬場で、私はそういうやさしい記憶だけを思い出していた。
無口な祖父から直接、いろいろなことを教えてもらうことができなかった。だけど親戚が集まって、思い出話を聞いていると仕事熱心な人だったことを知った。父はバイクに乗るのが趣味だけど、その趣味は祖父の影響がかなりあった、ということも。私がお酒をよく飲むのも、祖父に似ていると指摘された。
今までうちには仏壇がなかったので、祖父の使っていた和室に仏壇をつくって、今はそこで毎日祖父に話しかけている。朝と晩に手を合わせる。祖父に言葉が届くように、心を静かにする。こんなに本当は話すことがあったのだから、祖父が元気に生きているうちからもっと話せばよかった。
なにか予感があったのか、今年の私の読書ぶりを振り返ってみると「命を見つめようとする読書」をよくしていたと思う。
『ラブレス』は2月に読んでからずっと忘れられなくて秋にもう一度読んだ。『氷平線』もそうだけど、桜木紫乃さんの作品は人の命や人生を静かにとらえている。川上未映子さんの『すべて真夜中の恋人たち』もまた、生きている人の心の動きを丁寧に描いていた。(主人公の職業は校閲。このあと「校閲ガール」というドラマが放送されて、校閲に対するイメージが広がった)
そして祖父が亡くなる少し前から読み始めていたのが、森博嗣さんの『スカイ・クロラ』シリーズだ。『すべてがFになる』と並んで森博嗣さんの著作の中では代表作とされ、ファンが多い。エッセイと自伝的小説(こちらもあとで紹介)、独立した長編の『ゾラ・一撃・さよなら』しか読んだことがなかったので、シリーズ作品を読んでみたかったのだ。
架空の傭兵組織に所属するパイロットたちの物語。戦闘機に乗って、空を舞台に敵と「ダンス」をする。墜ちたらそれで終わり。そして、墜ちなければ老いないままのキルドレたち。
なんでも良いから手近にあるものを蹴飛ばしてやりたかったけれど、僕はカウリングをゆっくりと撫でてやった。気持ちとは反対のことができるなんて人間って不思議なメカニズムだと思う。(『ナ・バ・テア』より)
僕たちに神はない
僕たちが信じるのは、メカニックと、操縦棹を握る自分の腕だけだ。(『ナ・バ・テア』より)
誰が誰と戦っていて、それがどんな理由なのか、そういったものを言葉で覚えることが、戦争を理解することだろうか。それは絶対に違う。(『クレイドゥ・ザ・スカイ』より)
エッセイで見る、森さんの鋭い考え方が主人公たちに引き継がれているようだった。無駄な描写がなく、詩的で神秘的な小説だった。(ありふれている感想かもしれない)
バイクが好きだった祖父は、今頃どこかを旅しているんじゃないだろうか。うちの周りにいるとは思えない。シリーズ全てを読んで、空の向こうにいる人に思いを馳せた。
「学問には王道しかない」という言葉が印象的で、夏目漱石の『こころ』をちょっと思わせる、春に読んだ『喜嶋先生の静かな世界』。それから夏休みの終わりに読んだ、自伝的で父と母の死にまつわることが丁寧に書かれた『相田家のグッド・バイ』。どちらも森博嗣さんの著書である。
命を見つめなおし、心を整理するきっかけになりそうな本をたくさん手に取っていた年だった。心だけでなく、流れる時間も整理しなければと思って少し過ごし方も変えてきていた時だった。我ながらこのチョイスが不思議だった。
今夜は手を合わせて、祖父になんて語ろうか。
あんまり夜遅くになるとお酒を飲みだすかもしれないから、早く帰ったほうがよく聞いてもらえるかもしれないな。
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