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ミステリーのその先

商店街育ち。

近所づきあいの存在がよく見えて、周りの人と成長を共有していく…

私にはそんなふうに見えた。

 

「切れない糸」/坂木司

 

昨年の冬の初めに友人に勧められた「和菓子のアン」が面白かったので、主人公のアンちゃんが住んでいる商店街とつながるお話「切れない糸」を読んでみた。

 

 

切れない糸 (創元推理文庫)

切れない糸 (創元推理文庫)

 

 

商店街のクリーニング店を営む家庭に生まれた和也は父の死後、大学を卒業するとクリーニング屋を継ぐことになる。さまざまな人の衣類と向きあいながら、日常に隠れた謎を解いていく物語だ。

 

きちんと機能している商店街ってのは、

小さな規模のプロフェッショナル集団だ。

 

 

その業界で一番じゃなくても経験と知識があって、自分の判断で動くことができる人材が各店にいる。それって実はけっこう贅沢な状態。

 

 

商店街の衰退が危ぶまれている昨今だが、物語の舞台となる「アライクリーニング」には近くに24時間営業のクリーニング店があるにもかかわらず、日々さまざまな衣類がやって来る。引用した「商店街はプロフェッショナル集団」という言葉がなんだか新鮮だった。

 

日本の服の特徴や光の当たり方によって光沢が異なる素材のこと、リネンサプライをやっているお店のおしぼりの秘密…「アライクリーニング」のように個人でクリーニング店を営む家は、ボイラー室があるおかげであったかいことも。「和菓子のアン」からはさまざまな和菓子の知識を得たが、今回「切れない糸」からはまた、クリーニングに関するさまざまな知識を得た。

 

クリーニングに出てくる衣類の内容によって、お客さんの家族構成や服の趣味、職業、(ポケットの中にうっかりレシートを入れっぱなしにしていたら)昨日一杯引っかけた居酒屋がどこであったかなんかもわかってしまう。そこからまた、日常がミステリーになっていく…

 

 

不思議なことがあって、その謎を解く。けれど、謎を解いた後には残るものがある。それは謎にかかわってしまった人たちの心のもつれだ。(中略)沢田は、関わった人の「その先」まできちんと考えてる。

 

主人公の和也が頼りにしている「沢田」も魅力的なキャラクターだ。

ミステリーの先にあるもの…これが、私がミステリー小説に求めていたことかも、と腑に落ちた。謎が解けても、心にもつれを残しながらも日常が続いていく。

 

春になれば新しいことをはじめたくなるし、かつてあったものや習慣をもう一度大切にし直したくもなる。なかなか会えない人に手紙を送ったり、桜の花開く様子を変化を感じながら楽しんだりしたい(残念ながら気が付くともう満開間近である)。

 

小雨の中切手を買おうと近所の郵便局まで歩いていくと、しばらく顔を見ていなかった知り合いに会える。「もう大学生だったかしら?」「お元気そうね」と微笑まれる。いつもは夜道がなんだかおっかなくて、自宅へまっしぐらだったのになんだか違う道に来たみたいだった。

 

「切れない糸」を読んで商店街のような近所づきあいってなんだかいいな、と羨ましく思ったけれどこんなに近くにも、こうして心があたたかくなる瞬間があったんだと嬉しくなったし、懐かしくもあった。