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昨日の月はまっすぐだった

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毎日を過ごしていてふと、なんともないことがらについていったん立ち止まってみてしまう。それは誰かの言葉だったり、その時見えた景色だったりする。言葉にも景色にも深い意味はないけれど、あるとき突然それらが生まれたときにハッと目や耳をとめて、その後も時々ふと思い出す。

他にも覚えておかなければならないことはたくさんあるのに、ついつい時々そういうなんともないことを頭のなかに積んでしまう。子どものころの原風景に近いイメージを持ってもらえたらいい。

共通しているのは、なんともないことなのにそれを記憶しようと頭が勝手に準備をはじめているのか、「あぁこの瞬間はきっと忘れないんだろうな」とすでにどこかで思ってしまうこと。とめられない。エビングハウス忘却曲線のようにその後も何度も思い出すから可笑しい。そしてそういう記憶たちは、カメラロールにも日記にも残っていない。

今年ももう半分過ぎたけれど、すでに忘れられない本がある。2月の頭に読んでいた桜木紫乃さんの書いた『ラブレス』だ。



桜木紫乃さんの『ラブレス』と『誰もいない夜に咲く』の感想)

『ラブレス』を読んでいるときもすでに、「あぁきっとこの本のことは忘れないんだろうな」と思っていた。そして半年近く経って、コンビニの小さな文庫の棚に桜木紫乃さんの小説が置いてあるのを発見した。

『蛇行する月』か、新しいのが出たんだ……。

『蛇行する月』は釧路の湿原に囲まれた高校時代を過ごした同じ部活だった女性5人と、その人たちを取り巻く人たちの短編物語で、描かれる時代は1984年から2009年。舞台は北海道と東京だ。

あとがきがあるとつい読みふけってしまうけれど(プロの書評や、作者の思いが書かれてしまうから気になってしまう)、

本書を通じて私たちは、好き嫌いや喜怒哀楽におさまりきれないもの…自分は何を痛みと思って生きてきたか、もっとも失いたくないものは何か、あきらめてきたもの、やり直したいこと、かけがえのないものなどに向き合うことになる。

こう書かれていた。

以前、私はなるべく同じ作家の小説は続けて読まないようにしていると書いたけれど、それは心のバランスを取りたいからでもある。一方では夢を持って青春を謳歌する疾走感のある本を求めていて、もう一方では桜木紫乃さんの小説で人間というものをもっとリアルに見つめてみたくなったりするのだ。

しっかりと頬を持ち上げる。口角も左右均等に。かなしみを殺して笑う。ねじれてねじれて、ねじ切れて、体も心もおかしな具合に軽くなっていた。
繕うことより、穴より小さなものをポケットに入れないのが自分という女だった。そうやって生きてきたのだ。

貧乏の中を、身が切れそうなほど寒い中を、必死に生きる者。淡い想いをいつまでも持ち続ける者。『ホテルローヤル』『誰もいない夜に咲く』『ラブレス』と桜木紫乃さんの作品を読んできたけれど、今回の作品で2009年まで書いてもらって、ようやく描かれている女性たちと同じ時代を生きているんだという親近感がわいてきた。

全体的に色で表したら絶対にグレーが混じっているような空気のただよう短編小説の、ほとんどどの章にも同じ女性・順子が出てくる。同じくグレーな空気が漂っていた山内マリコさんの『ここは退屈迎えに来て』の桑原くんみたいだと思った。


桜木紫乃さんの小説を読んでいるときはいつも力を振り絞る。たくさん考えたり、感じたりしながら読むのに、うまく言葉に言い表せるような感想が私の語彙力では出てこない。もっと言葉を知りたくなって、新しい本を探しに出掛ける。

この中の誰と同じ境遇になりたいか、と言われたら誰とも同じにはなりたくないけれど、彼女らが持っている覚悟や潔さ、弱さはどうしたら身につけることが出来るものなのかと思う。

蛇行する月 (双葉文庫)

蛇行する月 (双葉文庫)