そうして生きていく
「真紀さん、いい女ってのは一生かかっても主役にはなれないのよ。主役はいつだって愚かな女なの。覚えておいてね」
生まれ育った北海道・釧路に根付いた作品を発表し続ける作家、桜木紫乃さんの本を何冊か読んできた。読んでいくうちに、行ったことのないはずの北海道の景色や温度を体験したような気持ちにいつもさせられる。
他のかたが書いた書評なんかを読んでいると、デビュー作の『雪虫』が凄い、というのをよく目にする。夏休みに、『雪虫』を含んだ短編集『氷平線』を読んでみようと思った。
桜木紫乃著『氷平線』
できる限りマリーが幸福であることを祈った。自分しか頼る人間のいない場所で、少女が不幸になるのは嫌だった。
「関係ないのよ、何も。わたしは圭ちゃんが欲しかっただけなんだから。人の気持ちなんて死んだって手に入るようなもんじゃない。欲しい男をいっとき手に入れて、それが悪いっていうならそれでも構わない。私を責める人は自分も同じことしたい人たちよ」
貧しい酪農家の家に、海の向こうからお嫁さんがやってくる話。振袖の仕立て屋とかのこ屋とある男性の三角関係。東京から北海道に嫁いできたある女の肩身の狭さ。代替わりしたての床屋によく訪れる、身なりの美しい女の秘密。離島に行くことになった、歯科衛生士の運命。そして表題作『雪虫』は、オホーツク沿岸の町で再会した男と女の話だ。
この作品は一週間滞在した東京の夜、私のそばにいてくれた。眠る前に一章読み進めるのがいい感じだった。
滞在中に、ちょうど釧路に住む子にも会えた。せっかくだから、北海道のことももうちょっと聞いてみればよかったな。
桜木紫乃さんの小説を読み終えて最後に解説を読むのも楽しみだ。『氷平線』では、「それでも人は生きていく、ではなくそうして人は生きていくということを桜木紫乃は書いている」というようなことが書いてあった。まさにそうだな。
情を求めるでもない、誇張するでもない、ただ淡々とさまざまな人の運命を見つめていく。私は桜木紫乃さんの作品をいくつも読み進めるうちに、北海道のことだけでなくさまざまな人の生業や事情についても学べている。
夏に涼しさを求めるなら怪談、というのは一般的だけれど、桜木紫乃さんの作品を読むのもいい。怪談よりひんやり、しかし北の大地で生きる人々の心にふれてじんわりする。