いつ寝ればいいんですか?

映画『ビリギャル』を観たときに、

これは予告編でも使われていたんだけれど

「うちの子はいつ寝ればいいんですか?」

なんてせりふが出てきたのを覚えている。

これは、主人公の勉強の進み具合が

いよいよ受験までに間に合わない、と焦り

学校に通いながら寝る間も惜しんで

勉強する主人公を心配した母親の言葉だ。

 

確かに、高校でもフルに授業を聞いて

家でも寝ずに勉強して…というのは

いつかどこかで眠くなってしまうものだ。

その言葉を受けて、主人公の生活スタイルが

どのように変化したか…というのは

映画を観てのお楽しみです。

 

昨日は久しぶりに寝る支度も早く終わり

せっかくだから早く眠って早く起きようかな

なんて思って布団にもぐり込んだけど

それはなかなかの失敗だった。

 

早く眠ったのをいいことに、

その後もグッスリ9時間も寝てしまったのだ。

おかげで目覚めは…と言いたいところだけど、

それがそんなに良くなかったのだ。

肩はなぜか痛いし(たぶん寝すぎ)、

見た夢がよくなかった。

 

夜通し遊びに行っている夢だった。

しかもその舞台は夢の中でたまに構築される

なぞの駅前の世界だった。

新潟駅に似ているようでちょっと違う、

実家がお好み焼きやさんになった時の

夢と同じ駅前の世界。)

 

小中高問わず昔の友人に再会したり

海外に行ってしまって

しばらく会っていなかった設定の人に

再会したりとなかなか忙しかった。

 

いやー、夜通し遊んだみたいだ。

今は朝、また、1日が始まるみたい。

いつ寝ればいいんですか?

なんて、夢に言いたくなってしまう。

何も考えずにグッスリ眠りたかったよね。

『夢の叶え方を知っていますか?』

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エッセイから入り、

そののちミステリも読むようになり

すっかりホームページで最新出版状況を

確認するくらい森博嗣さんの

作品を楽しんでいる。

 

ということで今度は

わりと出版されたての新書

『夢の叶え方を知っていますか?』を読んだ。

 

私は手帳に「夢リスト」を書いて

自分がわくわくすることは何かを見つけたり

他にも手帳やノートに日々

さまざまなことを書いては

振り返ったり、未来を見たり。

いろいろなことをやっているけれど、

共通することは、今日の行動が

よりよい明日に繋がっているといいな…

と願ってしていることだ。

 

正直、「夢リスト」を書いていると

「これは夢?予定?」と迷うことがあるし

「書いたらいつの間にか叶っている」

なんていう現象はいったいどんなプロセスを

踏んだらそうなるのかと疑問に思っていた。

 

そこで、「夢をかなえている」という

森博嗣さんが語る夢をかなえる方法論を

読んでみたくなって、

書店の新書コーナーで手にとってみたのだ。

 

夢の価値とは、このような甘いシーンを思い浮かべる快感にあるといえる。それを思い描くだけで楽しくなる、ということである。では、何故その夢のシーンは時間が短い(あるいは停まっている)のか。これは、その人の想像力のキャパシティに依存しているとも思われるが、むしろそうではなく、どこまで考えれば満足できるか、で決まってしまうように考えられる。

 

まずは、夢というものを

定義することから始まる本書。

森博嗣さんの作品の愛読者から

夢に関するアンケートを集め、分析する。

人を巻き込んだ夢、10年以上かかる夢、

すぐに叶いそうな予定のような夢、

さまざまな夢が集められていた。

 

どんなに小さいものでも、

「夢」と呼べるものを持つ人で

森さんのエッセイなどを読んだことがない場合

それらでよく見せるはっきりとした物言いに

グサッとくるかもしれない。

けれど、

 

「夢の実現」とは、結局は自分を知ること。自分の可能性を確かめることにほかならない。

 

本書では夢を前に迷える私たちに

簡潔に方法論を説いてくれるのでやさしい。

 

見たい夢か、見せたい夢か。

夢は静止画でなく動画で見る。

夢が叶わない状態を克服するために

自分をマネージメントしていく。

 

難しいことが書いてあるわけではなかった。

手帳に書いている「2017年の100の夢リスト」

の中身は今変えなくてもいいと思った。

(すべて1つの夢に繋がってる気がしたから)

 

ある日、劇的に、人生が変わる。

という出来事もあるかもしれないけれど

(抽選でなにか当たったりね!)

夢を叶えていくには

それなりのプロセスがあって、

管理していくのは自分自身だということ。

 

著者の森さんも、小説を書いて稼いで

今は隠遁生活を送っていて

夢はすべて叶ってしまったように見える。

けれど、今もその生活の中で

夢をキラキラと追い続けている一人だ。

 

タイトルを見て、気になって

今すぐに読んでみてよかった一冊だった。

私たちの裏テーマ

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卒業研究にも、手帳が欠かせない。

研究室の仲間たちも、

めいめいがお気に入りの手帳を使っている。

 

表紙の手触りとほどよい書き込みスペースが

気に入って、「ほぼ日WEEKS」を

愛用しているという友人もいるし、

 

私が持ち歩き用の手帳に求めていた3つの軸

重すぎない・マンスリーページが広い・

ウィークリーページがレフトタイプで

時間軸がきちんと書いてある、を満たし、

かつおしゃれなデザインの手帳を

これまたうまく使う友人もいる。

 

研究の進捗をスケジューリングする…

自分を管理する…これらのことに

やっぱり手帳は欠かせないようで。

私の手帳マニアなトークにも

付き合ってくれるので優しい仲間たちだ。

 

個人でやる卒業研究ではないので、

研究をうまく進めるためにも

お気に入りの手帳をうまく活用していく…

というのも、私たちの研究テーマになりそう。

裏テーマ、っていうところかしら。

トリックを忘れる

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読書が好き!と言いながら

それは物語を通じて作者が

読者に伝えたいことを推測することが

私は楽しかったようで、

そういう楽しみ方をしていたから

ミステリ小説の楽しみを

かつて理解することが出来ていなかった。

 

今でこそ好んでミステリ小説を

読むようになったけれど、

トリックを見破るなんて二の次だ。

テレビドラマを観ていても

ミステリ仕立てのものは全然気づけない。

ミステリ仕立ての映画はだいたい

原作を気に入って行くことが多いから

勝手に知った気になって楽しんでしまう。

 

私は物語を生み出せる作家って

すごいな、と日々読書をしながら思う。

とりわけ、物語に伏線を張らせたり

ミステリだったらトリックを組み込んだり

という過程がすごいな、と思う。

どうやってそんなもの思いつくんだろな。

 

と思い続けていたら、ふと

私にも1つだけ、ささやかなトリックを

思いつく機会があった。

「これ、もし物語を書くとしたら

きっと使えるだろうな!」というやつだ。

 

でも、その時はなにか作業をしていて

メモを取ることが出来なかったのもあり

数時間したら忘れてしまった。もったいない

忘却の彼方に行って、また戻ってこないかな。

 

同じように、一度読んだ本の

トリックをときどき忘れてしまう。

あまりにも衝撃的だと覚えているけど

本棚の整理をしていて、

「あれ?この本どういうしかけだったっけ」

と表紙を見てトリックを忘れた

本が何冊かあったのだ。

 

読後、一度忘れさせてしまうような

トリックもまた、奥深いのかもしれない。

日記が続いてる!

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月曜日から1週間が始まると考えるのと

日曜日から1週間が始まると考えるのと

この2種類が多数派なんだと思うけれど

(水曜日から…って考えるのも楽しいよね)

 

私の使っている手帳は3冊とも

月曜はじまりのものを採用している。

ちなみに今年の卓上カレンダーは

日曜はじまりだった。(今気付いた)

 

サザエさん症候群なんて言葉もあるけど

やっぱり日曜の夜って、

「明日からまた新たな1週間だあ」と思う。

 

そんなわけで、私は今年に入ってから

日記を書いていて(どんなわけでだろう)、

日曜の日記を書き終わると、

「今週も終わったなあ」という気分になる。

 

私は「ほぼ日手帳」を就活手帳にしているので

1日1ページの部分はその日に使うでなく

1日分で1項目、何か書くようにしている。

だから日記は「ほぼ日」らしい

1日1ページのスペースではなくて、

ウィークリーページに書くようにしている。

 

縦に時系列に沿って書き込める

バーチカルタイプのウィークリーページ。

でも私は時系列を無視して

1行に10文字くらいの勢いで日記を書く。

その日の下の空きスペースは家計簿がわり。

 

これも月曜はじまりで、

まっさらなバーチカルタイプのページが

曜日がすすむごとに横書きの文字が

何層にも重なって黒くなっていくのだ。

だから、日曜の日記を書き終わると

なんだかボスを倒したみたいな感覚になって

なかなか楽しい気分になる。

 

日曜の夜、今年は日記をどのくらい

続けて書いてるかなと思って振り返ってみた。

なんと、1月1日から毎日欠かさず

横書きの文字でつらつらと書いていたのだ!

あまりにも眠い日は短かったり

次の日の朝に書いていたりもしたけれど

その日その日に感じたことを

どうしても私は

書き留めておきたかったみたい。

 

日記をつける習慣は、こうして

習慣づいてみるともっと早くやってれば

大学生活もうちょっと違ったかもな…

なんて思ってしまうけれど、

今年に入ってから続くようになって良かった。

 

そういえば小学生のときは

子ども用のほぼ日的なものを使ってた。

2日で1ページ、見開き4日分。

挿絵もチョロチョロと書いていたっけ。

読み返すのはちょっと恥ずかしいけれど

今度どこにあるか探してみようか。

 

今書いている日記はいつ、

読み返すことになるんだろう。

その時の私はどう思うかしら。

300記事目らしい

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iPhoneをアップデートしてからというもの

ホーム画面から右にスワイプすると

いろいろなウィジェットを追加できる

という機能が出来て楽しんでいる。

 

この「はてなブログ」も

ウィジェットを使うことが出来るので

アクセス数カウンタが出るようにしている。

このカウンタでは、その日のアクセス数と

週間、月間のアクセス数を見ることが出来る。

 

アクセス数カウンタの上に小さい文字で

今いくつの記事が公開されているのかも

カウントされていることに気付いた。

どうやらこれで、300記事になるみたい。

 

300というと、10か月分くらいの日数になる。

10か月毎日ひとつずつ更新するとすぐに

この数の記事数になるのか…。

もちろん更新しない日もあるし、

あんまり書いていない時期もあった。

それでもここまでの量を今まで

このブログで書いてきたのか…。

数にすると一気にずん、と重みを感じる。

 

毎日絶対書くぞ!と自分を縛るより

書けない日・書かない日があってもいいや、と

かたく構えずにいるほうが続くみたいだと

この2年半で気付くこととなった。

うっかり続けて食べちゃった

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私はお弁当を持ち歩いて

お昼を食べることが圧倒的に多いけれど

お弁当のあとに、

へんな時間に夕食をとる場所を

ファミレスに選んだ日のことだった。

(ことだった、なんて言ってもけっこう最近)

 

お弁当のふたをあけたらオムライスで

喜んだ記憶も、ふたにケチャップが付いて

もったいないなあと思った記憶もあった。

しっかりピンチョスのウインナーや

ゆで卵を食べた記憶もあった。

 

それなのに、夕食に食べるものを選んでいる時

なにを思ったか、オムライスを選んでしまった。

よっぽど食べたかったのだろうか。

オムライスが運ばれてきたとき

「あれ、今日そっくりなものすでに見たよな」

なんて思ったし、

オムライスをスプーンですくって

口に運んだときも

「あれ、なんかこの食感今日すでにあったよな」

なんて思ったのだ。

そして食べている途中で「あ、2食連続」

なんて奇妙なことに気付いたのだ。

 

うっかりして、ではないけれど

今週はラーメンを2食続けて食べた日も。

昼も夜もつるつる、スープはあちち。

 

なんだか胃がごにょごにょ言っているのも

こんなことをしているせいかしら。

 

でも、オムライスもラーメンも

「もうしばらくいいや」ってならないから

不思議なもんだなあ。